2014年06月20日

映画は観てないけど…。

やほおニュースでMay J の歌が心に響かないとか、
クセがキライとかこきおろされていたので、私見を述べたいと思います。

こんなに彼女が嫌われる最大の理由は、
やっぱりアナと雪の女王の主題歌のゴリ押し感のイメージでは?と思ってます。

劇中歌と主題歌の歌手が違うのに私も「?」と思いましたけど、
『自分のほうがうまいので主題歌歌わせて下さい!』
と本人が調子こいて名乗りを上げて歌える世界でもなさそうなので、
いろいろと大人の事情があるのでしょう。

しかもアレンジが違うし、
May J とお松の声質もまったく違うので、
違和感がハンパないのだろうなぁ。
騒いでいる人たちはみんな
お松のエルサに肩入れしてる人たちの意見が大半のような気がしますが。

と、分析している私は、
Let it goの歌は初めて聞いたときに衝撃を受け、
早速ボイトレで練習したくらい、
あの曲の爽快感にすっかりやられた一人ではありますが、
映画はいっさい観ていないというポジションの人間です。

エルサに何の肩入れもありません。
純粋にLet it go の歌が好きな自称一人カラオケ歌手です。

はっきりいってあの歌は超難しいです。
最後らへんの持っていき方はハンパない高揚感ですが、
あのキーをマトモに出すのは相当な歌唱力が要ります。

私もお松バージョンの『あるきだそ〜うぉ〜』の
『うぉ〜』
は出ません。

まぐれで出たとしても最後の
『少しも寒くないわ』
の声がかすれるほど燃え尽きてしまいます。

お松さんもフルの生歌ではかなり厳しいのではないでしょうか。
(勝手な憶測ですけど)
レコーディング技術でなら何とかなりますけども。

イディナ・メンゼルも地声でめっちゃ弾けてますけど、
ミュージカル仕立てなので、歌っているというよりも
「パワフルに気持ちをぶつけて叫んでいる」ように聞こえます。

でも私が思うのは、
この叫ぶような歌い方こそが
人を動かす力になっているような気がするんですよね。

しかしまあ、お松もイディナもアラフォーですよ。
それでもエルサ役の声やって、
あんなにパワフルに若い娘の声を演じてしまう、
スゲ〜〜〜。
同じアラフォー世代の希望の星ですよ。

May J の歌はやっぱり歌手の歌。
お松やイディナはセリフで感情を意識したミュージカルの歌。
お二人とも歌のうまい女優さんですからね。
同じ土俵で比べるのもなんか違う気が。

ほんでもってMay J は難易度の高い歌を余裕で歌ってしまう
(ように聞こえる)のでかえって鼻につき、
一生懸命がんばって歌っていそうで
しかも映画の世界とダブるお松の歌のほうに肩入れしてしまう、
そんな感じじゃないのかなぁ。
今回は完全ヒール役になってしまった感があります。

歌というのは歌詞、感情、旋律、歌声…それぞれに心に響くポイントはあります。
心に響くかどうかは人それぞれ。
私はMay Jの後半の伸びのある声とか、鳥肌が立つほど心に響きました。

日本語バージョンが2曲あるだけに、
比べられてしまって、こんな記事が出てしまう。
もっと評価されてもいいのになぁ。

仕方ないことなのかもしれませんが、
私はMay J もお松もイディナもどのバージョンも好きです。

だってみんなすごい歌うまいもん。
ビビるぜ〜。うらやましいぜ〜。リスペクトしてるぜ〜。

映画は観てないですけどね笑


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posted by どおぱみん at 18:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月02日

採点方式

最近カラオケの採点機能を使って勝ち負けを決める番組が多いですが、ワタシも自称一人カラオケ歌手として大変興味深く拝見しております。

ワタシが一人カラオケをする理由は、とにかく歌が好きで、マイクもおののく絶唱ドン引き系であるために、大勢で行くとあまりの浮世離れした歌声になにかとめんどくさいことになるのと、目を閉じて自分の世界観を醸し出すために周りが見えなくなるのと、どうしても選曲が受け狙いと思われてしまうのが厄介なところですかね。

だって二次会のカラオケでエディットピアフの愛の讃歌を巻き舌込みで絶唱したら何事か?!と思うでしょフツー。
ウケ狙いでなく、敬愛するピアフが乗り移ったかのごとく歌い狂う姿はシラフじゃなきゃ出来ません逆に。

だから一人カラオケでも何カラオケでも酒は一滴も入れませんね邪道です。

たまにカラオケ採点番組を見ると、後日必ず自分も採点をやってみるのですが、自分は出だしの音程をしゃくってしまう癖があり、しゃくりで認識される場合と音程ハズしと認識されてしまうときがあります。
ちなみにしゃくりとは本来の出だしの音程に至るまでに低い音からすくいあげるように歌うことです。低い子音からはいって母音で正しい音程にテンションを上げていくので、けっこうこなれた感じで歌がうまく聞こえます。

が、

ボイトレに行くと必ず若い先生に
「アナタの歌は昭和臭い」
と言われるのは、このしゃくりにあると思うんですよ。

昭和の歌謡曲はほとんどしゃくっていて、歌がねちっこい感じになり、それはそれで情感あふれて好きなんですが、最近の若者たちはしゃくりが少なくストレートにリズムを刻む歌が多いので、しゃくるととたんに昭和臭くなります。

こな「あ〜」ゆき「い〜」

子音と母音に分かれやすい日本語だからこその歌い方なのかな。
英語の歌はフェイクというわざと音程を外す歌い方があるんですが、マライアをフェイクのつもりで気合い入れて歌っていたら、
「やっぱりしゃくってて演歌っぽい」
といわれ、やっぱり英語の歌は難しいですな。

あと自分で気づいた昭和癖は歌詞の間に「ん」を入れてしまうところです。
たとえば極端な話、レミオロメンの粉雪で

「いーきーてーなーどーいーけーなーいー」という部分を

「いんきんてんなんどんいんけんなんいん」

というととたんに昭和臭くなりますからお試しください。

話をカラオケ採点に戻しますが、先日のカラオケバトルの出場者の一人が
「機械に媚びた歌い方をしたくない」
と言ったのが印象的でした。
もともと合唱曲のような個性を消した歌の方が機械では高得点が出るのも分かる気がします。
採点方式だからあえて媚びてるんだよという姿勢ならそれはそれで清々しいと思いますけど。

しかし、個性の部分である歌い癖や声質は味ですから、そこを評価してもらいたいのなら、たとえばのど自慢大会などは聞く側の主観的な好き嫌いで判断されることを覚悟する必要があるでしょう。

個性を消して機械どおりに歌うのはボーカ○イドのように無機質で情緒もへったくれもないのですが、最近の採点機能はかなり精密になっていて、あんまり音程通りに歌うと、
「もっと自己流にアレンジしてもいいかもしれません」
とカチンとくるようなアドバイスをしてくれます笑

ただ自己流で歌うのも限界があって採点機能に限っては加点に認識されないパターンが多いので、あくまで採点を競うのならその攻略法を考えた方が近道ですし点も取りやすいです。

なんかこれって、偏差値と似てるな〜って。

なんでも数値化される世界は判断は公平なのかもしれないけど、テストだって攻略法を駆使して要領よく無理矢理点数をたたき出していくようなものだし。

ワタシは地頭がよろしくないので偏差値には苦労しましたが、例えば歌の採点だったらフツーに歌っても平均95点は確実にとれますからね。
地頭のいい奴らってこんな感覚なんだろうな。きっと。

でもいくらカラオケ採点で95点をとっても、ヒット歌手(ねえ、これって昭和?昭和なの?)になれるかはまた別の話で、しがないパート主婦のワタシにとってはなんの利点もありませぬ。

点数って自己満足以外の何者でもないです。

他人と評価を比べるためにある点数は、単純な勝ち負けの基準でしかないのだよ。
そんな安い価値観ですべてを決められるなんてたまったもんじゃないよな。

人間は味だよ〜あじ〜。




あーでも賞金が出るならカラオケ大会に出たいと思う安い主婦どおぱみんでした。

今年は家族対抗紅白歌合戦を年末に企画しております。
我が家は幸い女子と男子に分かれるので、娘と一緒に紅組優勝狙います!



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美空ひばりの川の流れのようにをトリで熱唱します。




タグ:高校受験
posted by どおぱみん at 12:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月26日

嗚呼、富士山!

好きです!静岡。

唐突ですが、海無し県に嫁いだストレスのせいか、最近やけに故郷が恋しいです。

けして富士山が世界遺産に登録されたとか三保の松原も含まれたとかそういうことじゃないですよ?

ってバレバレですか。

私にとって富士山は「遠きにありて思ふもの」のひとつです。
住んでいた当時は、ただの山のうちの結構デッカイ奴wに過ぎず、有り難みもへったくれもありませんでした。

富士山の周りの牧場や観光地はほとんど何かしらの遠足で制覇してるんですけど、山自体はバスで五合目までしか行ったことありません。
多分うちの実家家族全員未登頂じゃないかな。
富士山は青いと思っていた私には、五合目の感じはカルチャーショックでしたわ。
ここが富士山?ぜんぜん青くないじゃんwww(←バカ)

そんな心の葛藤とともに、富士登山気分を萎えさせる理由がもう一つ。
駿河湾沿岸に住んでると雪とか寒いのがなんかコワイんですよ、なんか。
富士山というとどうしてもてっぺんのあの白い部分が、遠くから見ても寒そうでねぇ。。。
なんとなくぼやっと行かずじまいでしたね。

小中高と学校の校歌は富士山と駿河湾の二枚看板でしたね。鉄板ですよ。
茶どころ方面に行くとまた違う歌詞なんでしょうけど。

まあ、年に一度の写生大会で、富士山をバックに漁船を(たとえ構図に多少の無理が生じても)描いておけばたいてい入賞できたので、その程度の要員でした。
やっぱり富士山の絵ヂカラはハンパないですから。

先日のほこ☓たてで静岡VS山梨の絶景対決をやってましたが、アレは不毛な闘いですよ。
やっぱり静岡は山に陽が当たる方向に位置してますので、映えるんですよね〜。なんだかごめんなさいね〜。
って、山梨の皆さんにケンカを売ってどうするw


今ではなんの因果か海無し県(しつこい?)に居を構え、地べたに這いつくばって中途半端な都会の片隅で生活している私たちの家からは富士山のふの字も見えませんので、友達んちの高層マンソンで米粒くらいのてっぺんをたまに拝むくらいです。
なので、東京駅から新幹線に乗って富士山辺りに近づいてくると何となくテンションが上り、静岡魂が疼きだし、故郷の思い出が走馬灯のように蘇り、人類みな兄弟ラブアンドピースのような博愛精神状態に…
というほど人間がデキていないので、
「オイラはこの雄大な富士山をいつも眺めながら育ったんだぜぇ〜〜〜」って子どもたちにドヤ顔で自慢し、東京下町生まれ彩の国育ちのオットに「関東平野(←とばっちり)は可哀想!」といちゃもんつけてカラミまくります。
もちろん車窓からちょっぴり海が見えた時も似たような感じで海なし県(←とばっちり)をこてんぱんに。
というわけで、ただ通り過ぎるだけなんですが、静岡県内に入ったらひと通り順番に車窓ガイドします。確実にw

郷土愛ってやつですかねぇ。

静岡県人に悪い人はいないですよ。特に中部地方www口はかなり悪くて方言がびっくりするほど汚いけど、けど根っこはいい人なのよ。

そうそう、三保の松原といえば、有名な天女の羽衣レジェンドと肩を並べるほどの静岡県民の憩いの場、三保文化ランドでしょう。
あそこは毎年何かしら行ってたなぁ。ミニチュアワールドが好きだったなぁ。
船の模型の前でやっさんマリン帽をかぶっていぶし銀のほほえみをファインダーに向ける、陽に焼けた少女の写真が、私の心のアルバムに色あせることなく綴られてます。
隣にあった海洋博物館?の中の人体博物館入り口が人の口の形になってて怖かった思い出が。

嗚呼、なんてノスタルジック!

富士山のかぶりものでアナタも日本一、いやワールドヘリテイジに!

積極的にあやかろう!



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お祭り騒ぎに便乗してみました。








posted by どおぱみん at 19:43| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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